日々思ったことや感じたことをのんびり書いていこうと思います。


by symphonic-bone
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カテゴリ:生きること( 12 )

かなしい

そうなんです。
タイトルのとおり、悲しい・・・。
それも「悲しい」ではなく、「かなしい」という気分です。

以前にも書きました病気のため、わたしは人を信じることができません。
いや・・・できないのかしないのか、後者なのかもしれませんが。
さらにわたしの病気は大変おぞましいものです。
大切な人ほど、信じることができない・・・。

たとえば、まず流れ的に地図君のことを書かないといけないでしょうね。
彼のことはもちろん、とても大切に思っていました。
好きとか嫌いとかそういう感情じゃなくて、「大切」。
だからこそわたしは、疑います。
いつか見捨てられるんじゃないかと思って、そうならないような努力をする一方で、地図君にとってわたしは不必要な人間だから、もう一緒にいてはいけない・・・。
どこまでわたしが彼を振り回したら、彼はうんざりするだろうか、わたしといたら間違っているということに気づいてくれるのだろうか・・・。
過去のわたしに言いたいです。
そんなこと、考える必要はなかったのに。
どうせしかたなくなんやろ、なんて言うことはなかったのに・・・。

ということで彼にもう約束することはできない、そらちゃんにはすごく振り回されたからといわれて、「かなしい」。
以前のわたしなら、それでも彼に食って掛かって
「わたしはいやだ!」
とはっきり言えただろうに、今はそんな元気もなく、返事が返ってこないことは内心わかっているのに
「地図君はそれでいいの?」
というだけです。
だってわたしは、やっぱりなと思ったから。
やっぱり地図君は、わたしを見捨てるんだ、と。

また、その流れで話を進めますが、以前わたしの大切な友人が、
「地図君だけじゃなくて、わたしもほかの友達もみんなみんなそらちゃんの味方だよ」
といってくれました。
すごくすごく、うれしかった。
その言葉だけで、元気が出た。
わたしはひとりぽっちじゃないんだなって、思った・・・。
でも、地図君はわたしを見捨てました。だから味方じゃなかった。
じゃあ彼女はうそをついたの?もしかして彼女もわたしのことを・・・。
そんな風に考えて、わたし自身にうんざりしました。
優しい彼女のことも、わたしは疑ってしまったからです・・・。

どうしようもない気分だったのでカウンセラーの先生に会いに行きました。
「どうしたの?」
とたずねられて、わたしは絶句しました。
言葉が見つからなかったのです。
1分はたってから、わたしはうめくようにただ思いついた言葉を言っていました。
「かなしいんです・・・」
と。
そう、かなしい。
一番失くしたくないものを、失くしてはいけないものを失くして、友達の言葉すら信じられなかったわたし自身があまりにも惨めで、かなしかったのです。
先生は何度か目を瞬いて
「そう・・・。かなしいの」
そして、こう付け加えました。
「かなしいときは、もうほんとにただかなしいんだよね・・・。何もできないんだよね」
先生もきっと、わたしのように本当に深いかなしみをいやというほど味わったことがあるんだろうなと、なんとなくぼんやりした意識の底で、思いました。

かなしい。
柔らかくて、そしてとてもとても切ない響きです・・・。
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by symphonic-bone | 2006-07-06 14:08 | 生きること

時間よ、とまれ

こんにちは、そらです。

最近練習にも行かずに何をしているかというと、勉強したり本を読んだりしています。
わたしは今病院に通っています。そこでもらう薬を飲むととりあえず思考力が麻痺するので、非常にふらふらしながら家まで帰るのです。
この間近鉄のホームでよろけて落ちそうになりました。知らない人がぐいっと引っ張ってくれたので結果的に落ちはしなかったのですが、わたしはその人にろくにお礼すら言えませんでした。
生きている実感がなかったからです。

あるホームページの紹介に
「地球上のあらゆる生物の中で自殺という行為は人間にだけに許された行為、私は否定ではなく肯定します。でも、自殺は時間を止める行為。だから、私は苦しいまま時を止めたくはない」
という紹介がかかれてあって、なるほど、と思いました。
確かに犬でも猫でも、いくらどん底の生活をしていても死のうとは決して思わないでしょう。
わざと車の前に飛び出す野良猫は、いないだろうと思います。
不思議だな・・・。

死ぬということはどうであれ、確かに時間を止める行為です。
わたしはとりあえず、集めている漫画が完結するまでは生きていたいと思っています。
わたしは未来を考えることができません。
今日を生きるだけでいっぱいなのです。
先日、クラちゃんとしゃべっていて将来の話をしていました。
「結婚したい?」
というわたしの問いに、彼女はうんとうなずくと
「そらもそうでしょ?」
それが実は、違うんだな。
また別の日に友人と飲みに行ったときにもこの話になって、でもそのときはわたしの将来の展望を聞いてもらいました。
庭のある一戸建てに、犬でも飼ってのんびり暮らす。
あまりにも大雑把な未来ですが、わたしが考えるのはこのくらいです。

苦しいまま時間をとめたくない・・・。
そうですね、わたしも楽しいときにそのまま時間が止まってしまえばいいのにとよく思っていました。
でも、わたしにとって楽しいときというのは、苦痛のときでもあります。
いつかすべて、消えてしまうのに。
楽しければ楽しいだけ、あとで切なくなったり苦しくなったりするのに。
そういう循環で生きているので、結局いつも苦しい時間です。
そんなはずがないのに。
どうせわたしを、見捨てるくせに・・・。
でもいつか、そんなこともあるんだ、楽しくていいんだと思えればいいのにと考える毎日です。
今時間とめたい!と思えるような日々を送りたいですね・・・。
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by symphonic-bone | 2006-06-28 12:28 | 生きること

病気のこと

なんか、いったい何度言っているのかわからないのですが、やっぱり疲れています。
そろそろ本当のことを言うべきじゃないかと思いました。日常生活での差し支えが出てきたからです。
聞いてください。
わたしは、病気です。


境界性人格障害(Borderline Personality Disorder)。正式名称は境界性パーソナリティ障害と言うらしいですが、普及している呼び名は前者でしょう。
人格障害というのは差別用語に当たるそうです。
BPDと略して言います。
といってもほとんどの人は耳にしたことがない病気だと思います。
今までブログに書いてきたようなことばかりのわたしの性格。
だから・・・そうですね、今までのことを考えると納得のいく診断でした。

ずっとずっとひた隠しにして生きていけたらいいのにと思っていました。
まぁ治療とか受けている時点でひた隠しは無理なんですけど。
自分は普通じゃないのかもしれない、でもみんなと一緒に並んで歩きたい。
そんな風に、思ってきました。でも、もう遅い。
最近こころの安定を保つことが出来ないからです。

それでもいままで黙っていたのは、何だかんだいって毎日をこなしていたからです。
余計なことを言うこともないかと。
BPDの特徴は、素直に相手の批判を聞けずに怒り、他人を疑い、信じることが出来ない。いつも見捨てられる不安が付きまとい、人間関係をうまく形成することが出来ない・・・。
最近、この症状が顕著です。どうしようもない。
ただ救いだったのは、自分がBPDだと知っているということです。もし何も知らないまま、これが自分の個性だ性格だと思っていたら、今以上に自己嫌悪に陥って苦しんでいたでしょう。

普段は冷静に生きています。だからこんなことも書ける。
でも何時間刻みでわたしの感情はいつもゆらゆらと揺れ動いているので、もしかしたら1時間後にはうつむいて外を歩いているかもしれません。
普段から顔はそんなに上げて歩かないので、よく落ちているお金を発見しますよ。
ラッキーというかなんと言うか。

わたしといたら、みんな不幸せになるんです。
わたしのパートの人たちにしろ、クラちゃんにしろ地図君にしろ・・・そう、地図君にはBPDのことを詳しく話すことは出来ませんでした。だから、彼はわたしが疑って疑って生きていることを知りません。
もちろん、これまでは「疑う」というのはみんな当たり前にしていることだと思っていました。
カウンセラーの先生に遠慮がちに言われるまで。
それで、先日
「僕はいつまでそらちゃんに疑い続けられなくちゃならないの!?」
と言われ、それっきりです。
すべてがすべて、病気のせいではないにしろ・・・かっとなってものを言ってしまうこと、信じないではなく信じられないのだということ・・・彼に理解してもらうべきでした。
そういわれたときに、やっぱり日常生活で差し支えが出てきたなと気づいたのです。
彼だけに限らず、誰に対してもわたしはそうなのだ、と・・・。
言われてから気づく。
言われる前に気づきたかったですが、仕方ありません。
地図君も、わたしといたら不幸せになるばっかりだから。
わたしに出来ることは、彼の幸せをただ祈るだけです。

誰にも会いたくない、何もしたくない。
不機嫌な態度をとってしまう。
ごめんなさい、先輩たち。まどちゃん、理系君、チューバ君。
早く気づいたらよかった。
すべての元凶は私だったのに。
みんな、わたしなんかに本当に優しくしてくれて、些細なことが幸せだったよ。
長い間、あいがとう・・・

うつる病気ではないにしろ、わたしと一緒にいて楽しいと思うことは少ないでしょう。
だから、わたしのことなんて忘れてもらってもいいんですが・・・でも。
次にもし会うことがあればそのときは・・・何も知らない振りをして、わたしに接してください。
疲れたと言わないように、少しでもよくなっていたいと思います。

最近、何も出来ないときは本当に何も出来ません。
ぼんやり外を歩いて、頭の中も空っぽにしています。
授業にも出れない。
素材発信館でもろくすっぽ接客が出来ない。
ほんと、最悪です。
とはいえ何もしないということも、時と場合によっちゃ必要なことです。


今日は、せめて今日1日くらいは今のままのこころのバランスが保てていられればいいのに・・・。
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by symphonic-bone | 2006-06-05 14:32 | 生きること

年をとるということ

つい先日、ついに1つ年をとる羽目になりました。
つまりは誕生日が来たというわけで、それは仕方ないことなんですが。
昔は誕生日がすごくすごくうれしかったのに、今回は珍しく気づいたらその日が来ていたという感じです。
つまりやっぱり、そういう感慨がなくなった分年食ったよなぁ・・・。
そんなふうに、思います。

誕生日だから何か特別なことがあったわけでなく、何か特別なことをしたでもなく1日は過ぎていきました。
その間に高校のときの友達がメールをくれて、偶然お昼休みに練習に来ていた友達におめでとうと言ってもらい、あと花先輩も誕生日を祝ってくださって、それなりにいい日だと思ったりもしたのですが、わたしは17時50分まで授業の後18時からtuttiだということで、かなりあせって1日を過ごしました。
走ってホールに行って吹いて、早退される先輩の代吹きもしたら、終わったらすでに20時半。
あっという間の何時間かでした。
すでに誕生日だという意識もなく、先輩に言われるままに残って後片付けをして、さっさと家に帰ろうと思いました。
ところがです。

階段を下りると先輩が手持ち無沙汰に立っていて、なんだなんだという間にまどちゃんも3人で部屋に戻りました。
部屋を開けると真っ暗で、まさかと思うまもなく有名な誕生日を祝う曲のメロディーが聴こえてきます。
わたしは立ち尽くし、目を見張りました。
わたしの年の数だけろうそくの立てられたケーキ。
言葉もありません。

わたしは最近、ずっと考えていました。
生きていていいのだろうか・・・。
誕生日というのは、その人の生まれた日を祝うことです。その人が生まれたことを祝うものです。
なんでわたしが生まれたことを祝ってもらえるんだ。
そんな風に、その日1日もずっと思っていました。
誰もそんなこと思っていない。
いなければいいとみんな思っている・・・。
そんな風にひねた考えをしていたのに、ろうそくを立てられたケーキと、息のあった演奏と、それから「おめでとう」という言葉で、はっとわれに返りました。
あぁわたしは、ここにいてもいいのか・・・。

いろいろ考えさせられる誕生日でしたが、今までのどの誕生日よりも心に残りました。
わたしは思ったより大事にしてもらっていて、自分で考えている以上に幸せなのかもしれない。
そんなことも、思いました。
それはわたしにとって、何よりの贈り物です。
まどちゃん、理系君、チューバ君。先輩、それに後輩たち。
ほんとうにありがとうございました。

帰り際にクラちゃんからプレゼントと手紙をもらいました。
手紙の最後には、こう書かれていました。
「大好きだよ」
ありきたりな言葉かもしれない。でもちょっと飾った言葉も、気障ったらしい言葉もこの言葉にかなうものはないなと思いました。
真っ直ぐ、心に響く。
彼女にそんなことをいってもらう価値のある人間かどうかわからないけど、素直にうれしいと思いました。
この1年間、自分に素直に生きて生きたいです。
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by symphonic-bone | 2006-05-24 09:14 | 生きること

さよならの持つ意味

最近なんだか異常に疲れています。
単純な疲れじゃなく、なんていうか・・・なんていったらいいんでしょうね。
わたしもなんだかんだで現代人だなぁ、疲れた疲れたばっかり言って。
ーなんて考えていられるくらいだから、今はまだ余裕があるみたいですね。

いろいろ考えることはあります。演奏会の前日の金曜日にゼミでプレゼンがあることとか、同じく金曜日はゼミの飲み会なのに行けないとか、その翌日の土曜日が本番だとか、それが終わったらしばらくの間さようならを告げなければならないとか。
そう、さようなら。
あんまり好きな言葉じゃないんですよね。だから大学に入って、練習後は「さようなら」じゃなくて「お疲れ様です」って言えばいいからほっとしてたのに。

たとえばわたしは、いつどこで歯車が狂ったのかわからないのですが、性格そのものに問題があります。
だから、地図君と約束して週に1回会うことになっても、いつの間にか「会いたい」が「会いたくない」に変わります。
ちょっと意味が不明な感じですね。
・・・わたしは、嫌なんです。
最後に別れるときが、つらいんです。
たとえその日は1時間半楽しく話してて、でも時間がきたら
「じゃあね、ばいばい」
です。そりゃ、仕方ないんですよ。1日中一緒にいられるほどの余裕もなければ、家族でもないんだから帰るべき家は違うわけで。
1日が24時間より長かったら、そんな事もなかったのかもしれませんが。
向こうに無理を言わせたくないから、
「また来週会おうね」
は言えません。かといって、同じサークルにいた頃のように
「また明日ね!」
も気軽に言えません。黙って見送るだけ。
彼がいつか気づいてくれたらいいのにと思います。
悲しそうだなって。

わたしには昔、よくありがちな「いじめを苦に自殺」を目論んでいた中学生の頃がありました。
どうやって生きてきたと思いますか?
「また明日」
と声をかけられて、その言葉を頼りに生きていたんですよ。
何人かがこれを読んでくださって、「えっ」と思われるでしょうね。
でも、毎日を必死でこなしていたわたしにとって、そのころは「明日」なんてこないものだった。
むしろ、来てほしくなかったんです。
「明日」になったら、また学校がある。行かなくちゃ。でもいきたくない。「今日」は何とかやり過ごしたけど、でも・・・。

そんな心を敏感に見抜いたのは、もう退職されましたがその当時わたしの中学校で吹奏楽部の顧問をしていた先生です。
先生は毎日わたしに言いました。
「また明日、練習で」
最初はぶっちゃけうっとうしいとさえ思いました。仕方ないですよね、反抗期の中学生ですから。
でもいつのころからか、わたし自身から先生に向かって
「先生、また明日!」
と言えるまでになっていました。もちろん、簡単にではありません。うざったい時期や無気力な時期や、その他もろもろの時期を越えて、先生に笑顔を返せるようになったわけです。
わたしの青春の大半は真っ暗だから、そう考えたらこの思い出って比較的明るいものなんです。

さよならって言ったら、なんかもう会えないような気がするんですよね。
だからできるだけ使いたくない。
でも今度どうしても言うときは、せめて、そのさよならにありがとうの気持ちを込めて言えたらいいのにと思います。
いくら腹が立つことがあっても、内心嫌われていても、心の中では罵倒しあっていても、でもわたしがいままでいたあの場所は、「家」だったと信じています。
暖かい「家」。
変な「家族」たち。
また会える「さよなら」を言えたらいいなぁ・・・。
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by symphonic-bone | 2006-05-17 16:13 | 生きること

早いもので

しばらく自分が忙しくしている間に、もう1月も末を迎えているようです。
ぜんぜん書くことができなかった・・・。
ほんとうに、いろんな意味で苦痛としかいえなかったこの1ヶ月間。
小さいころは
「20歳になったらわたしは楽しくしてるのかな、幸せにしてるのかな」
なんて思っていましたが、甘かった。
もし10年前のわたしに会えるのなら、今のわたしの様子を語ってから
「あんた、そんなこと考えてる間に、こうならないようになんとかしていきなさいよ!」
といちゃもんをつけたいと思います。
昔はわたしもひねたところもなくてかわいかったもんだ・・・。

試験のほうは、たいした失敗もなく終了しました。
観光地理学の試験は、ばんと1つ問題が提示されて、
「これについて述べよ」
と、行もない白紙の解答用紙だったので、意地を見せて裏表全部字を埋めました。
都市地理学という科目では、さいたま市はどことどことどこの合併でできたのかという問題が出て、大宮市というのがすっかり出てこなくて、あとで埼玉の先輩に聞いてすごく後悔しましたよ。
きっと、もう2度と忘れない。
・・・あれ?
大宮市と浦和市と、あとひとつはどこやったかな・・・。
ぜんぜんわかっていないという。

それから、文集作りに追われていました。
ある4回生から
「うちらのためにがんばってくれてありがとう」
と言われて、そこでやっと肩の荷が下りた気分で泣けました。
甲斐がありましたよ。
ところどころ、空いたページにいらんことを書いたのはわたしです。

地図君と仲直り協定を結ぶべく話を進めていますが、いかんせん彼はわからない人間です。
「結局どうしたいんだ!」
を、冷静な言い方で
「だから、それはどうなんですか」
というわたし。
「さっきからこう言ってるだろ!」
を、冷静な言い方で
「だから、こういうことです」
という地図君。
なぜかどちらも敬語で話をしていて、こんなままじゃあいつまでも協定なんて結べないまま次の回生にあがってしまいそうな勢いです。
敬語は便利ですが、こういうときはなんだか悲しいものですね。


さて、そろそろ2月を迎える準備をしなくちゃ・・・。
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by symphonic-bone | 2006-01-31 16:36 | 生きること

インフルエンザ

まったく、ひどいったらないですよ、この病原菌たちは。

簡単に言えば、いや言わずともわたしはインフルエンザにかかっていました。
先週の金曜日くらいから
「あれ、なんかしんどいな」
みたいな兆候はあったのですが、風邪の引きかけかも知れんと思って、早く帰って寝ました。
土曜日も補講の後、なんだかしんどいので
「おかしいな」
と首をひねりつつ家に帰って熱を測ると熱がありました。ので、
「風邪だったか」
と思って市販薬を服んで寝たのですが、翌日もほとんど下がりませんでした。
しかし、この日はバイトの日。
人数も足りてないんだから行かなくちゃと思って9時40分から20時40分の1日シフトを働きました。
ありえない。
しかし、やはり少しはしんどいと口に出していっていたので、閉店間際には
「今日はそらをからかったらかわいそうかな」
と、めずらしく千代川さんが心配そうにわたしを見やる始末。

その翌日は成人式。
わたしは朝から髪を結ってもらい、半分意識も飛んでいたので美容師さんの問いかけにも半覚醒のまま答えていました。そしてまさに「されるがまま」された結果・・・
頭から花が生えていました。
生花を挿してもらったのですが、そこらじゅうからかすみ草が生え、横手からはガーベラ、頭の天辺あたりからはスイートピーが出てくる始末。
しかし、例によって具合のよくないわたしは母親に笑われて初めて変かもしれないと思ったくらいです。
そういえば歩いて家まで帰るときに道行く人が道理で振り返ってみてくると思ったよ。
とはいえ、着物は中身に合わずに素敵なものでした。着る人が着たらもっと映えたのでしょうが、残念です。
そらいろの着物。
周りの幼馴染たちの間でもわたしの着物は多少浮きました。
もちろん、頭の時点で浮いてましたけど。

そして、家に帰る前に昨年なくなったおじいちゃんのところに行ってきました。
寒い、寒い。
滋賀県は気温が違う。
madoちゃん、あなた寒かったでしょうね・・・。
なんて考えながらも、寒い寒い。
やたら寒くなりながら行って帰ってきて、熱を測ると39℃あるじゃないですか。
さすがにぎょっとしました。
しかし、明日最終講義の試験がある。
・・・ので、必死こいて土地利用図(簡単に言えば地図の上にトレーシングペーパーをひいて色ぬりをする作業です)を描き、熱に浮かされた頭に地図記号をいっぱい叩き込み・・・でもこの作業のときはにへらにへらしてました。だって楽しいし。
「東経が・・・西経が・・・北緯が・・・」
なんてものを夢の中でも見ながら、その日は寝たのでした。

翌日になっても熱は下がらず、試験は3限だしとりあえず病院に行ってからにしようと思い立って、近くの内科に行きました。
すると先生、しばらくわたしを診てから
「インフルエンザかもしれないねぇ」
「えぇ?」
わたしは予期せぬ言葉にびっくり。思わず声も裏返りました。
そして検査を受けて待つこと20分。
「・・・やっぱりそうでした。ホンコン型のほうですね」
くはぁ。
もう、脱力です。
昨日の夜に必死こいて描いた土地利用図のことや今日の試験のことが浮かんでは消えました。

今年の正月は寝正月ならぬ働き正月だったわけですが、こんなところで寝正月を体験しました。
しかし1日中家に引きこもって空も見ないとなると、だんだんおかしくなってきそうでした。
「トロンボーン!」
を連呼しながら地図を見ては眠る繰り返ししかしなかった今週。
まぁ、たまにはいい経験でした。
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by symphonic-bone | 2006-01-14 22:30 | 生きること

くるしいこと

まぁ世の中にはいろいろなことがあるもので、毎日のんびりしていても、何事も起こらないのです。
わたしはかれこれ3ヶ月近くほうったままの虫歯が痛み出し、ついに寝ることすらままならない状態となってしまったので、さすがに歯医者さんに行こうと思いました。
それにしてもですね、座っていても痛い、歩いていても痛い、挙句寝られない、ご飯を食べようにも痛いものだから面倒くさくて食べなくなるなんて、もう普通じゃないと思いませんか?
でもそれが、わたしの日常だったわけです。偶然痛くない日は、あれめずらしいなくらいの勢いです。
ありえない。

歯医者さんに行く前に、わたしは考えました。
もし行ったとしても、
「もう手遅れですね」
とかってあきらめられたらどうしよう。
「だいぶひどいのでこの先治る見込みもないし」
っていわれたらどうしよう。
もう、久しぶりにマイナス思考が噴火しました。
しかし、そのくらいの気分だったのです。
なんていうか、歯医者さんがいやだったので今まで痛みをこらえて生きてきた人間ですからね、でもこのままほうっておいても死ぬなら、何かしてから死にたいという、究極のネガティブに囁かれた結果、重い腰を上げたわけです。

しかし、皆さんご存知のようにわたしはいまも生きてブログの更新などをしているわけです。
つまり、歯医者さんには行ったけれども、今ものんびりと1日を送っているのです。
ビバ歯医者さん!
神としか言いようがありません。

学校近くの歯医者さんに乗り込んで予約しました。
普通は電話するみたいですけど、ボタンを押すのも億劫なほどに痛かったのです。
先生はわたしよりも30センチ近く小さな、小人さんのようにかわいい方です。
彼女はわたしの歯を見て絶句しかけていましたが、それでも治らないなんてことは言いませんでした。
「今までずきずきする痛みをここまでこらえてきたんなら、何十分かの痛みのほうが絶対マシやと思うんやけどなぁ・・・」
と、ぶつぶつ言いながら麻酔を打ち、歯を治療してくださいました。
・・・そうか、麻酔。
こんなものの存在を思い出せないほどに、わたしは歯が痛かったのです。
ビバ麻酔!
神の遣わしたる天使です。

歯医者さんに行って薬をもらって、驚くほどに痛みはなくなりました。
思い返せばあの演奏会。
舞台にいるときもずきずき痛んでいたのです。
その痛みがなくなったことにほっと安堵したのは事実ですが、痛みがなくなって寂しさのようなものも少しだけ残りました。
でも、もうごめんですけどね!
ご飯も食べられる。ゆっくり眠ることもできる。
そんな当たり前のことが今はただうれしくてなりません。

苦しいときは苦しいといってもかまわないんだと思いました。
自分の中で抱え込むから、つらくなるのです。
当たり前のことやものはなくしてから気づくわけです。
もう手遅れのときもあるかもしれません。また、わたしの歯のように何とでもなるときもあるかもしれません。
起こってみないとわからないのです。
だからこそ、苦しい。
そんなときも投げ出したりせず、自分なりに一生懸命生きていれば、道は開けるんだと、そんなことを思いました。
多分、歯医者さんに行っただけでここまで考える暇な人間はわたしくらいだと思います。はい。

当たり前に過ごす1日こそを大切にしなければならないのだと、痛感させられた出来事でした。
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by symphonic-bone | 2005-12-02 12:32 | 生きること

生きること

さてさて、しばらくぶりです。そらです。
ここ最近、家にひきこもっていました。理由はたくさんあるんですけど。
別に、学校に来ていない訳ではありませんでした。
普通に授業も受けたし、その授業中に寝たりもしたし、お絵かきロジックをしたりもしたのです。
ただ、どういう種類のひきこもりかというと、
「家に帰りたい」
と泣きべそをかいてしまうという、ひっきーというには程遠いような、でもわたしのなかではそれはひきこもりなのです。

わたしは家があんまり好きじゃありませんでした。
だから、サークルに行って練習して、終電間際の電車に乗って帰ることもまったく苦にならなかったのです。
ところが、これがおじいちゃん効果なのだとしたらやっぱりすごいおじいちゃんだったなぁと思うしかないのですが、お葬式等を通して、家族ってこんなにいいものだったんだということに気づかされたのです。
そして、年齢的にはわたしよりも先に父と母がいなくなってしまうということが、苦痛となって襲ってきたのです。

なんだか子どもみたいなことを言っているので、ここらでおしまいにしておきますが、まあそんなこんなでわたしはひきこもっていました。
そうですね、あえていうなれば自分の殻にでしょうか。
また、彼とおこしてしまった諸問題もわたしの上に大きくのしかかり、もうにっちもさっちも行かない状態です。火の車と化しています。

しかし、そんな中でわたしが今力を注いでいるのが、お絵かきロジックと危険物取扱者の試験勉強です。
受ける当てもないのに、とりあえず勉強まで。
物理のことはわからなかったら、身近に物理学専門の友人もいることだし、化学のことは自分の過去の知識をフル活用です。消防法については、幸いにして我が家に消防六法があるということもあり、あまり困りません。
意味のわからない勉強の仕方ですけど、きっといつか身に付く日が来ます。

大きなものをたくさん失くしました。
それを埋めるかのように勉強し、本を読み、ロジックをする毎日です。
そんな日々も悪くないかと思う今日この頃。
わたしは、生きています。
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by symphonic-bone | 2005-11-28 23:00 | 生きること

優しさの架け橋

ずいぶんと長い間、忙しくしていたり自分が不安定でふわふわしている日々が続いていたので、本当に久しぶりに何かを書こうという気になりました。
不安定だった間は、友達に堂々巡りのことばかり吹っかけては泣きながらメールをして、わざわざ早く練習場所に来てもらって話を聞いてもらったりしていました。
学校の帰りの電車の中でぽろぽろと涙をこぼすわたしを、周りの人は奇異の目で、また物悲しそうに見ていたのが印象的です。
部屋で1人で酒をあおって、珍しく酔って寝転んで目をつぶった覚えもないのに気づけば朝になっていました。
そんな日々をすごしていたのです。

元に立ち返ってみてから考えると、本当に何のことはないことなんですよね。
いつもなんですけど。
でも、その時のわたしにとっては人生を左右するほどの大問題に感じられているわけです。
ほかの人が聞いたら
「えっ、なんでこんなことで悩むの!?」
というようなことです。
誰が名づけたのかわかりませんが、それをマイナス思考といいます。

悲しいことにプラス思考というのがどんなのかわかりませんが、あまりにひどいマイナス思考になるとどんな気分になるのかなら、いっぱい話せます。
ここでは割愛しますが、要は一歩間違うと自殺しそうな勢いです。
笑い事じゃないですが、中学生のころからあまりにもひどいマイナス思考の時には「手記」をつけます。カウンセリングの一種です。
後で見直して、いつも今生きていることにほっとします。
わたしのこの性格は、直せるのかどうか。
自分でもわかりませんが、少しずつましにはなって来ているようです。
周りの環境のせいでしょうか。

それでも、わたしはこんな性格ですので気分にむらが出やすい・・・つまり浮き沈みの激しい人間です。
この間も、いろんな人がいる前だというのに、発作的にチューナーを床にたたきつけてしまいました。
単に自分にいらだっただけでしたが、周りの人に心配をかけるべきではないと痛感しました。
ともかく、その思考回路のせいでせっかくの約束もおじゃんになったりします。

わたしは、だから人と付き合うのは苦手です。いつ傷つけてしまうかもしれない、そんな不安ばかりがよぎり、相手を傷つけないために・・・相手に傷つけられないように、自分から進んで傷つこうとします。
最近わかったことです。
「わたしのことうっとうしいんやろ、嫌なんやろ。ならもういいよ」
こういって、相手がどう思っているかも確かめずに自分からひこうとします。
ところがこの間は、ひこうとしたのに引っ張られました。

わたしはマイナス思考の度が過ぎるということから、
「わたしってこんな人間やから、こんなのと一緒にいるのはもう嫌と思うならそう言ってよ」
と、自分の中身を説明した上で言ってみました。
そんなことを言ったところで
「あ、うん。そうする」
というような人はいないかもしれないのですが、でもわたしをうっとうしく思ったら、だんだん避けてはいくだろうと思いました。
その相手のことが大切だから、傷つける前に・・・傷つけられる前に離れようという魂胆です。
ところが、その時相手の人物はこういうのです。

「何言ってるの」
わたしは思わずきょとんとしてしまい、気の抜けた声で
「へぇ?」
と言ってしまいそうになりました。携帯電話に向かって。
なんだかなぁ、虚しいですね。
「僕がそらちゃんに対して感じることも、そらちゃんが僕の言動に対して感じることも全然違うんやから。違って当たり前。だから、大丈夫」
・・・わたしは、ふっと気が緩んでへなへなと布団に転がりました。
そうか・・・そうなんやね。
また何も気づかずに大切なものをひとつ失くすところでした。
もっと素直になっていいんだよ、と言ってくれた友達の言葉が胸に響きました。

自分に優しくある前に、目の前の誰かに対して優しくなりたい。
それは、わたしがずっと昔から考えていることです。
でも、多少は自分のために優しくなるのも必要かもしれない。
素直になって、目の前の誰かに甘えてみるのも許させるのかもしれない。
優しさは相手のこころに架けるだけじゃ意味がないのです。
相手からも架けられてこそ、意味を持つのだと思います。

優しさの架け橋。
わたしの大切な人たちのこころとこころをつなぐ、その橋の上はとても暖かい風が吹くのです。
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by symphonic-bone | 2005-10-18 10:19 | 生きること