日々思ったことや感じたことをのんびり書いていこうと思います。


by symphonic-bone
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必要なこと

先日、バイト先でまたもや千代川さんと話をしていたときに、
「このメンバーでいっかいご飯でも食べに行きたいですね!」
とわたしが言いました。それは実際問題なかなかに難しいので、実現する予定もなかったのですが、彼はすっかり乗り気で
「そうやな、行こうか。そらのプランでやろ?」
といわれてしまい、どうしようか困ってしまいました。
何に困ったかというと、つまり店を探すということに困ってしまったわけです。
幹事なんて、したこともないし・・・。
大学の近くなら、いいお店もあるんですけどね。
京都駅付近で、目下捜索中です。

最近の日常としてバイトがあるわけですが、はじめこそ行きたいなどと思えないことも多かったのに、今ではもうひとつの家となりつつあります。
わたしを必要としてくれているというそのことが、なぜか今のわたしにはくすぐったくて暖かく、気持ちいいことなのです。
バイト仲間だけではなく、お客さんにも店員として必要とされます。
そのことが、何とか今のわたしを支えているといっても過言ではありません。

昔は、何かと休んで逃げようとしていたバイトなのに、わたしは今一緒に飲みに行こうとしていますよ。
考えられない。
でも、それだけ自分が成長したということでしょうか。
それとも、周りの環境のせいでしょうか。
ありがたいことです。
楽しい思い出ができるといいんですけどね・・・。
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by symphonic-bone | 2005-11-29 16:01 | バイトのこと

生きること

さてさて、しばらくぶりです。そらです。
ここ最近、家にひきこもっていました。理由はたくさんあるんですけど。
別に、学校に来ていない訳ではありませんでした。
普通に授業も受けたし、その授業中に寝たりもしたし、お絵かきロジックをしたりもしたのです。
ただ、どういう種類のひきこもりかというと、
「家に帰りたい」
と泣きべそをかいてしまうという、ひっきーというには程遠いような、でもわたしのなかではそれはひきこもりなのです。

わたしは家があんまり好きじゃありませんでした。
だから、サークルに行って練習して、終電間際の電車に乗って帰ることもまったく苦にならなかったのです。
ところが、これがおじいちゃん効果なのだとしたらやっぱりすごいおじいちゃんだったなぁと思うしかないのですが、お葬式等を通して、家族ってこんなにいいものだったんだということに気づかされたのです。
そして、年齢的にはわたしよりも先に父と母がいなくなってしまうということが、苦痛となって襲ってきたのです。

なんだか子どもみたいなことを言っているので、ここらでおしまいにしておきますが、まあそんなこんなでわたしはひきこもっていました。
そうですね、あえていうなれば自分の殻にでしょうか。
また、彼とおこしてしまった諸問題もわたしの上に大きくのしかかり、もうにっちもさっちも行かない状態です。火の車と化しています。

しかし、そんな中でわたしが今力を注いでいるのが、お絵かきロジックと危険物取扱者の試験勉強です。
受ける当てもないのに、とりあえず勉強まで。
物理のことはわからなかったら、身近に物理学専門の友人もいることだし、化学のことは自分の過去の知識をフル活用です。消防法については、幸いにして我が家に消防六法があるということもあり、あまり困りません。
意味のわからない勉強の仕方ですけど、きっといつか身に付く日が来ます。

大きなものをたくさん失くしました。
それを埋めるかのように勉強し、本を読み、ロジックをする毎日です。
そんな日々も悪くないかと思う今日この頃。
わたしは、生きています。
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by symphonic-bone | 2005-11-28 23:00 | 生きること

夢バトン

さてさて、今度はわたしの親友、madoちゃんから回ってきた夢バトンなるもの。
もちろん、親友と思っているのはわたしだけかもしれないという一抹の不安を抱えつつ、上記は書いてみました。
それはともかく、です。

Q1『小さいころ、何になりたかった?』
・笑われそうですが、冒険家になりたいなどと野望を抱いていましたよ。
幼稚園のときですが、周りの友達はみんな、
「ケーキ屋さん」
とか
「お花屋さん」
とか、はたまた
「お嫁さん」
とかかわいいことをいっているのに、わたしだけが
「冒険家」。
先生も、引きつった笑いを浮かべつつ、メモしたことでしょう。
いったい何の影響を受けたのでしょうか。

Q2『Q1の夢は叶いましたか?』
・半ばかなっているような気がしないでもありません。
いろんなところに行けるようになったし。
地図は好きだし。
地理も好きだし。
尊敬する人は、伊能忠敬とマルコポーロ。
冒険家という職にはついていないんですけどね。

Q3『現在の夢は?』
・何か技術を身につけて青年海外協力隊に参加したいです。
もちろんその際の技術は、地理学専攻で取得できる測量士(正確には測量士補ですが・・・)でもいいし、また保育士でも教師でもかまわないんですけれど。
中学校のころから行きたいとは思っていますが、そのころは、
「アフリカでリコーダーを教えてあげたい!」
という野望があったので、中学校にあるリコーダーを、ソプラニーノからコントラバスまで全部マスターしたのですよ。
しかし何故に、リコーダー。

Q4『宝くじで3億あたったら?』
・トワイライトエクスプレスに乗って北海道に行き、そのあとローカル線で北海道一周したいです。
(トワイライトエクスプレスがわからない方!こずさんかわたしにお尋ねください)
・・・あ、でもお金よりも時間のほうが必要そうですね。

Q5『あなたにとって夢のような世界とは?』
・争いのない、平和な世界。
優しい気持ちで毎日を過ごせる世界。

Q6、『昨日、みた夢は?』
・断片しか覚えてないんですが、マロングラッセが出てきたような気がします。
きっと食べたいんでしょうね。

Q7、『この人の夢の話を聞いてみたい3人は?』
・みんなの夢を聞きたいです。
友人には直に聞いてみます。

madoちゃんありがとう。おもしろかったよ!
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by symphonic-bone | 2005-11-23 13:05 | バトンなるもののこと

17歳バトン

・・・で、以前に回してくださっていた17歳バトン。やりたいと思いつつ時間がなくてできなかったので放ったままにしておいたら、もうひとつバトンが回ってきていました。
ということで片付けていこうと思います。
わたしの先輩のこずさんから回ってきたものです。

17歳のころ何をしていた?
・普通に学校に通っていました。地元の高校です。あまりいい評判のない学校でしたが、わたしはおとなしくしていたので先生にだけはかわいがられました。そのせいで同学年の友達は少なかったという始末です。
そして、化学の先生が好きでわざわざ先生の補講まで取っていました。高3対象の補講を、高2のわたしが。
半端じゃなく難しかったですが、一緒に受けた3年生と同じくらい理解はしていたと思います。


17歳のとき、何を考えてた?
・そうですね、隙あらば一度は先生を困らせたいと思っていました。優等生なんてうんざりでしたから、レッテルをはがして泡をふかせてやりたいと思っていましたね。

17歳のイベントといえば?
・コンクールでしょうか。
それまではホルンをしていたので、トロンボーンで出場する初めてのコンクール。
曲は今でも吹けますよ。シェーファーの新世界変奏曲という、ドボルザークの交響曲9番の2楽章・・・かの有名な家路と呼ばれる部分ですが・・・を変奏したものでした。トロンボーンはわたししかいなくて、1番を基準にしながらも部分的に2番や3番も吹きました。

17歳でやり残したことは?
・悲しい話ですが、友達を作ることでしょうか。自分から立てこもって、絶対に誰も信じまいとしていましたから。もっと人を信じることを、そのときに学ぶべきでした。

17歳に戻れたら何をする?
・親友を一人だけ作って、その子と一緒に休みの日のたびに近場に出かけたいです。
今仲良くしてくれている彼のような存在の人が、そのときからそばにいてくれればよかったのに・・・。

17歳に戻っていただく人5名。
・これを見てくださった方、皆さん戻ってみてください。
今までと違うものが見えてくると思いますよ。

こずさん、ありがとうございました。
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by symphonic-bone | 2005-11-23 10:00 | バトンなるもののこと

あおぞら

少しずつ前を向けるようになってきました、そらです。
定演があってあんな文章を書いて、書いた直後にまたもや彼と仲違いしてどうしようかと思っていたところに今度は、わたしを大切にしてくれていたおじいちゃんが、ついに天国へ行ってしまいました。
おじいちゃんは6月の時点からすでに意識はなかったわけで、ずいぶん長く話もしていなかったのですが、「死んだように眠ったまま生きている」のと、「死んでしまった」とは大きな差があります。
すごくすごく悲しくて、なんだか家に引きこもってしまいそうな勢いだったのですが、わたしのパートトップの先輩にメールして休む旨を伝えた際、彼はこんなことをわたしに言ってくれました。
「気落ちしてしまうのは仕方ないけど、いつかは来ることやしね。・・・前向きになれるように気持ちをまとめていくのが一番の供養だと思うよ」
・・・先輩!
その文章を読んでまたざめざめ泣いて、そしたら幾分すっきりしてきました。
後ろを向かずに前を向いて歩こう。
ようやく晴れ間が見えてきたようです。
ありがとうございます。
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by symphonic-bone | 2005-11-22 22:00 | のんびりしたこと

あらしのなかで

今日のタイトルと似たような映画が最近公開されたのか何なのか。
ぱくったわけではありません。単に、今のわたしの心情がそんな感じだったからです。

去る12日、わたしの所属する団で定期演奏会が開催されました。
わたしは以前に、ブラームスさんの曲に乗るという話をしていましたが、まさにその曲を演奏し、そして・・・
後悔のあらしです。

言い訳なんて見苦しいものはしません。ただ単に、わたしの、わたし自身の何かが・・・練習だったり、イメージだったりが足りなかっただけなのです。
でも、今までも絶えずありえないマイナス思考を発揮してきたわたしでしたが、今回の場合は今までとはまったく違います。
今までは、いくら悩んでも当事者間だけの問題でした。
わたしが何とかしようと働きかけると、相手も何かしらを返してくれたわけで、そんなこんなでまた元に戻れていたのですが、今回わたしがやってしまったことは、曲自体をぶっ壊してしまうことだったのです。

つまり簡単に言うと、間違えてしまったということです。

しかもみっともない。恥ずかしい。
全国に何千何万とトロンボーン奏者がいることでしょうが、わたしのような人はいないでしょう。
自分を責めて泣いて誰ともなく謝って、土曜日はそのまま終了しました。

ゴムンボさんという先輩がいます。
彼はわたしに
「曲からおろすよ」
と何度もいっておられました。
それは先輩の愛情であって思いやりだったことはわかっています。
でも、いざ演奏会が終わった後にこんな結末を迎えて、
「先輩の言うとおりにしていたら、こんな風に間違えて迷惑をかけることもなかったのかもしれない」
と、何度となく思いました。
それは自分にとってどういうことなんだろう。
こころのなかにぽっかりと穴が開き、もう何も考える余裕がありません。
ただいえるのは、その演奏会の後に琵琶湖線に飛び込んだりしなくてよかったということだけです。

こころに穴が開いているのは、きっとブラームスさんの交響曲をもう演奏することがないからでしょう。
今までいろいろあったけど、やってよかったとだけは思います。
なくしたものと同時に得たものも挙げだすと限がありません。
演奏の技術、度胸、また他人に対する思いやりなど・・・。
今はまだ、何も考えずに後悔することしかできませんが、もうしばらく時間がたってきたら後悔のほかにも考えるゆとりができてくることでしょう。

わたしは、幸せになれない。
なまじっか、先輩たちとのやり取りやわたしなんかに優しくしてくれる彼を通して、幸せでありすぎたのです。

わたしは、幸せになってはいけない。
そもそも幸せという基準がわかりませんが、わたしが今話したい中では人間関係の諸問題です。

楽しすぎました。
わたしのパートの5人の先輩たち、3人の同回生、1人の後輩と一緒にいることは。
幸せだったんです。

彼が、わたしのためにわがままを聞いてバイトを休み、ガイドブックまで買ってくれて一緒に出かけてくれるなんて。
とてもとても、うれしかった。

わたしは、幸せでした。
大切なみんなが笑っているのを見るのが、とてもとても幸せでした。
わたしもここにいてもいいんだと思えるそのことが、それだけで幸せでした。
だからまぁ、今までのツケが一気にまわってきただけなのです。
それにしても大きすぎる代償ですが、仕方ないのでしょう。

いつかもう一度前を向いて歩くことができるようになるまで。
その日までまだしばらくは、ゆっくり休んでいようと思います。
あらしはずっと続かない。
必ず晴れ間が見えるはずだから・・・。
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by symphonic-bone | 2005-11-14 11:36 | 練習のこと

心の温度

土曜日のことになりますが、久しぶりに彼と一緒に帰る機会を設けました。
こんな書き方だと、わたしも彼もモノみたいですが、そういうしかありません。
「帰るよ!」
「わかった!」
くらいの、すばらしいノリです。
・・・正確に言うと、先輩たちと飲んでいるとき(過去の日記参照)にしたたかに酔ったわたしが彼に強気な態度で出て、こうなったということです。はい。
とはいっても、この間のことがあったので気まずいんじゃないかと思ったりもしましたが、その気まずい気分を出しているのはわたしだと思ったので、わたしが大人しくしている限り、大丈夫じゃないかと思いました。
実際、その通りでした。

しかし、話した内容はというと、いたちさんのことからねずみさんのこと、そして気づけばウランを代表とする日本の原子力発電の是非についてという、多岐にわたるテーマで時間は過ぎていきました。
ねずみさんの話というあほみたいな話をしだしたのはもちろんわたしで、原子力発電という複雑で難しい話題をはじめたのは言うまでもなく彼です。
こんなところでわたしの馬鹿さが知れてしまいました。
というよりそもそも、こんな話をするわたしたち自体、何かずれているような気がしないでもありません。

学校からの最寄り駅に着くと、あと2分で電車が来るというところでしたが、わたしとしてはそんなにすぐにじゃあねといって電車に乗るのは気が進まなかったので
「あと20分待ってよ」
「いいよ」
という、有無を言わせぬやり取りの後(本当に悪いとは思ってるんですが・・・)、しばらく駅前で話していました。

彼が今度の定期演奏会の後サークルからいなくなってしまうわけですが、わたしはそれについて
「寂しいよ」
という言葉を言いたかったのに、いかんせん性格がひねくれているせいか
「もう会わへんようになるんかなぁ。ほら、自分授業も出てこうへんし、わたしらもそのうち、廊下で会っても”あ、おはよう”くらいしか言わんようになるんかな。わたしのこと忘れんとってよ」
そこまで言ってみて本当にそうなったらどうしようと思ったときに、彼が黙ったままのことに気づいて
「・・・どうかした?」
「それ・・・本気で言ってんの?」
しまった、怒ってるよ。
でも、実際問題彼がわたしと同じ授業にも出てこなかったり、サークルからいなくなったりするわけで、全面的にうそ、とも言えずにふいと横を向いて
「あぁうん、半分くらいは」
なんだかなぁ、素直になるのはまだ程遠いようです。

そんなこんなで時は無常にも過ぎていくわけですが、わたしはふと思いついて自転車を持つ彼に手を貸して、と頼みました。
彼は首をかしげてわたしに手を差し出します。わたしはその手を遠慮のかけらもなしにぐいとつかみました。
「わぁ」
「・・・それ、ほんまにびっくりしてる?」
・・・彼の手はとても暖かく、いやもう暖かいとか超えて熱かったので
「うわぁ」
「なにそれ・・・」
そりゃそうだ。
「なんかね、手が冷たい人って、心が暖かいらしいよ。でも、自分・・・これやったら実は心は冷たいんやな!わぁ、じゃあ今まで優しかったんは見かけだけ?まさか見かけだけの優しさやったん!?ひどいで、それは」
すると、彼はめずらしく吹き出して、声を出して笑っていました。

しかし、そんな彼を見ながらわたしは思いました。
手が冷たい人は心が暖かい。
事実と反していたとしても、なかなか面白い理論だとは思います。
初対面の人と握手をしたときに、このことを持ち出して自分なりに判断をするのはひとつの指標ではあります。
しかしわたしと彼の場合、初対面どころかお互いをだいぶ知っているわけで、彼がわたしを知っているかどうかはともかくわたしは彼が優しい人間だということを知っているつもりです。だから、この理論は無効な気がしました。
心の温度、それはお互いを知っていって気づくことなのです。

優しい人間である彼は、結局わたしに50分間駅前に拘束され、家に帰っていきました。
ちょうど彼と別れたときに偶然、所属する団の副学生指揮者が駅まで歩いてきたので、久しぶりに一緒に帰りました。
副学生指揮者はわたしを見てにっと笑うと、
「いやはや、そらさんが彼と一緒にいるのをみるのは久しぶりだね」
「あぁ、そうやろ?けんかしてたから」
彼は考えてから
「・・・冗談に聞こえないな」
彼は笑い、しかし
「仲良くしなきゃ」
「・・・うん」
そんなことを言いあいながら、また手でもつかんでみようかと思いましたがやめました。
副学生指揮者であるこの友人も、そんなことで図らずして優しいことを知っていたからです。

相手のことが気になるのは、きっと誰でも同じです。
嫌われてるんじゃないかとか、迷惑に思われてるんじゃないかとか・・・。
でも、今まで積み重ねてきたことをすべて蹴ってまで、
「だから今、どう思ってんの」
なんてことは、言わなくてもいいのです。
素直に信じればいい。
暖かい心を、感じることができるなら・・・。
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by symphonic-bone | 2005-11-07 16:50 | 友達とのこと

不思議な時間

少し前の話になりますが、練習のあとに一緒の曲を演奏する先輩方と、あと同回生と一緒に学校近くにご飯を食べに行きました。
その日のことは今でも鮮明です。そもそも、この出不精のわたしが彼らといる間はそんなことも忘れて楽しめるのです。いいことです。
何より、幸福なときでもあります。

わたしは幸か不幸か、酒は飲んでも飲まれたことはありません。というか最近になって酔わないということに気づきました。
酔うのは車と、ジェットコースターくらいです。
ほんのりと赤くなる友人、その横でしれっとした顔で飲み続けるわたし。
・・・いやな図。
まぁでも、自分を忘れて泥酔するくらいなら、多少意識があって話した内容を覚えていられるくらいのほうで、恵まれているかもしれません。

眠いなぁと思ったら、魚が出てきました。
秋刀魚だ!
しかも、まるごと1匹です。これがまた、おいしいのなんの。
ベタですが、わたしは魚の中だったら秋刀魚が一番好きです。その次に好きな魚は、おそらくちりめんじゃこ(なんの魚かわからないのですか)です。
血合いのところなんか、妹の分を奪ってまで食べるくらいに好きです。
まぁ、その強行突破に出た場合は、妹に白身を取られてしまっていましたが。
「小骨を取ってる時ってみんな無口になるよね」
と、先輩が言いましたがわたしは
「そうですねぇ」
とかろうじて生返事を返したくらいで、本当に必死になってしまっていました。
集中するにはもってこいの魚ですね。

演奏のことやそのほかにもいろいろ話をしましたが、そのどれもが印象的でした。
わたしを取り巻く世界の中で、先輩たちや同回生の存在は本当に大きいのです。
特に、今週末の演奏会本番では、わたしはブラームスさんというかたが作曲された交響曲を吹くのですが、それに至るまでは本当にいろいろありました。
先輩は
「ブラームスに乗って、どうやった?」
と聞いてくださったのですが、そのときは秋刀魚のせいか
「いや、よかったですよ」
と、そんな返事を返したくらいでしたが、ほんとうは言葉にできないくらいの想いがあったのは事実です。
ここではまだ控えますが、
「泣きたい・・・でも泣くなら練習せんとあかんわ・・・」
というような気分でした。
でも、これだけは言えます。
・・・やってよかった。

京都まで一緒に帰る先輩とバスに乗って、駅に着いたらもう終電しか残っていませんでした。
わたしの利用する奈良線は、なんだかとてつもなく不便な線なのかもしれないと、ようやく気づいたこのごろです。
しかし、草津に帰る先輩も電車がなく、
「おぉ、じゃあアイスでも食おうぜ」
といわれて、不思議な流れで夜中に先輩とアイスクリームを食べました。
先輩とわたしは3ヶ月しか誕生日が違わないのに、なんだかすごく年上に見えました。
と同時に、ここにいてよかったと心から思いました。

わたしは先輩とも別れて、ふんわりした気分で電車に乗りました。
目をつぶって今日のことが夢じゃなかったのだと考えたと同時に、すとんと眠りに落ちました。
そんなことが永遠に続くような気さえしたものでした。
なんだか不思議で面白い、あっという間の何時間かでした。
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by symphonic-bone | 2005-11-05 15:38 | 練習のこと

生きているということ

最近はめっきり寒くなってきたというのもあるのだとは思いますが、ほんとうに、今までどうやってあ起きていたのかわからなくなりました。
なにしろ、10時まで寝ていた次の日も、1限があるというのにはっと気づくと8時20分。
・・・やべぇ。
でもどうしようもないので、2限に間に合うように家を出ました。

いったい何が原因なのか、行きの電車の中で考えていました。
一応、携帯電話のアラームはなるように設定されています。
・・・でも覚えてないよ。
ということは、聞こえなかったてことか。おかしいな、今まで同じ曲の同じ音量でちゃんと目覚めてたのに。
・・・まさか、曲を聞き飽きた、と?
そんなばかな!だって、ドヴォルザークの交響曲第8番ト長調なのに!
・・・ドボ8の時代も終わったか。
そこまで考えて、あまりの馬鹿らしさに笑いそうになりましたが、脳が聞き飽きたのかもしれないというのはあながち間違ってはいないのかもしれません。
実際、違う曲にしてみるとすんなり目覚めましたとさ。

国民の祝日である11月3日、でもわたしは学校に行ってそのあとはバイトに行きました。
わたしのバイト先である某100円ショップ素材発信館では、毎日50万前後の売り上げがあります。
50万円というと、100円商品が・・・5000個ですか?そんな忙しさです。
商品の中にはわたしたちでも
「何でこんなのが100円もするんだろう」
と思うものや
「こんなのが100円で買えるとは・・・」
という商品もあります。
いちゃもんをつけてくる客に限って
「何でこんな商品が・・・」
のほうが多いです。そのうえ、明らかに使ってあったりして、いらなくなったからお金を返せだの言ってくる人がいます。
必死でわたしに訴える、そんな人を見ているとなんだか不意に物悲しくなったりしてしまいます。
そのことをわかってくれたのは以前書いたときに登場したあの「お兄さん」です。

お兄さんはわたしと同じく
「嵯峨野線でいってらっしゃい(注:JRのキャッチフレーズです。もちろん、奈良線でいってらっしゃいや琵琶湖線でいってらっしゃいもあります。わたしとしては行ってきますといいたいところですが)」
をしています。嵯峨野線沿線の人なのです。
彼のことを仮に千代川さんとします。最寄り駅が千代川なのです(千代川は京都から約30分、園部から10分です。亀岡市になりますが)。
千代川さんはとても頭のいい人ですがなんとなく偏屈で面白い人です。
理知的で冷たい。
わたしの最初の印象はそんな感じでした。
わたしが打ち解けてくるに連れて、千代川さんはいろんなことを話してくれました。

「絶対城陽のほうが田舎や!」
「いや、千代川です!」
そんなやり取りも毎回行われています。
「あんたらなぁ・・・。どっちも京都から30分なんやから、同じや、同じ!」
仲裁に入ってくれた大津さん(同じく最寄り駅が大津なので)はため息をつきつつそういいます。
わたしと千代川さんは仲が悪いわけではありません。
時には将来のことや今不安なことも話し合います。
あるときの印象的な出来事として、こんなことがありました。

「わたし、悲しいです」
「なにが?」
日曜日の夕方、わたしはため息をついてぽつんと言いました。
洗濯洗剤を出そうとしていた千代川さんは思わずわたしのひとり言に答えてしまいました。
「案内とかしても、それが当然のようにする人たちって多いじゃないですか。悲しくないですか?あと、レジでもありがとうって言ってもらえたらうれしいですけど、お金を投げるように置いて去っていく人とか・・・。悲しいですよ。そんな態度しか取れへんなんて。別にありがとうを言ってもらうためにやってるわけじゃないですけど・・・」
千代川さんはしばらく考えた後に予想外に優しく笑うと
「それは、そらがやさしいからそう思うだけやで。かわいそうな奴やって思っといたらええねん」
「そうですか?」
「あぁ、そんな風に悲しいって思うのは思いやりやけど、ありがとうも言えへん奴なんか三下やで。そらより三下や」
「ははは。あたしよりですか」
「せや。バイトの中やったらそらが一番三下やけどな」
わたしは笑いながらも、そんな千代川さんを横目で見ました。
彼がそういうのはわかっていました。わたしが落ち込んで元気がないときに限って、彼はそうやって励まそうとしてくれるのです。
悲しいと思うのは思いやりかもしれない。でも、千代川さんの考え方もまた、思いやりです。

ありがとうが言えない奴はかわいそうだ・・・。
哀れんでいるだけかもしれませんが、千代川さんは
「おまえはありがとうをいえる、だからかわいそうなんかじゃない。大丈夫だよ」
そんな千代川さんの声が聞こえたような気がしました。
わたしの人間関係の中でも、千代川さんは異色の人間です。
出会えてよかったと、心から思います。

働いているといろいろなことがあります。
楽しいだけじゃ済まされない責任もたくさん負います。
でも、そこでしか出会えない関係もあります。
わたしにとっては練習や出かけること、日々の言い争いなどもすべてが大きな出来事です。
生きているというだけで、いろいろなことがめまぐるしく起こります。
季節も知らないうちに移り変わります。
その中にもしかし、変わらない何かがあるのだと思うのです。
それを感じながら、今日は筆をおこうと思います。
ちょっと長くなってしまってすみません。読んでくださった方、ありがとうございました。
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by symphonic-bone | 2005-11-04 14:17 | バイトのこと

素直に生きる

今日は朝に起きられず、ふと意識が戻ったときにはすでに午前10時。
・・・あぁ、2限にも間に合わない。
わたしの家からだと、学校までの所要時間が約1時間半です。余裕で間に合いません。
でも、2限の次は4限なのです。
ということで、意外とあっさりあきらめて、しばらくうたた寝をしていました。
なぜ、こんなことになったのか。
それは昨日、彼と深夜まで話していたからだと思います。

昨日の練習の後、ホルン吹きの親友がわたしの様子を心配して話してみて、と声をかけてくれました。なので、わたしは少しくらい遠慮しろよと彼女が思っていたかはともかく、
「こんなことがあって・・・」
と、彼女に話をしていました。すると、わたしと同じパートでチューバという存在感も迫力もその音色の響きも抜群の楽器を吹く同回生の大切な友達が、こんなことをいってくれました。
「いっかいあきらめたんやったら、もういっかい全て信じてみたら」
最初は彼の言うことがよくわからなかったのですが、その言葉を飲み込んだときに、ようやく気づきました。

たとえば信じてみてだめだったとして・・・そのときは、
「まぁいいか、あの時元の関係に戻るのはいっかいあきらめてるんやし」
と思えます。
それに、おまけとしてこの先誰かを信じることを学ぶことができるというのです。
たとえば信じてみてまた元に戻れれば・・・そのときは、
「信じてみてよかった」
と思えるのです。
あの時簡単にあきらめたりしないで、信じてよかったときっと思うと思います。
わたしはチューバ吹きの彼にとても感謝しました。と同時に、普段はあまりわたしのことをかまってくれない彼ですが、実はよく見てたんやなぁと驚いてしまいました。
ともかく、彼の言葉が何よりうれしかったのは事実です。

わたしはホルンちゃんとチューバ君にお礼を言って学校を出ました。
今わたしにできることをやってみようと思いました。
後々後悔する運命なら、今したって同じ。
何も行動を起こさずとも後悔するのなら、何かを起こしてから後悔しようと思いました。
その考え方も、マイナスかプラス・・・微妙なところですけど。

彼はわたしにこういいました。
「今度ばかりは、そらちゃんが本気で言ってるんやなって思った。一緒にいると楽しかったし、でもそうやって言うばかりなら、もう普通の人と同じように接せられるように努力するよ」
ダメージは確かに受けましたが、でもわたしはもう崖の下に落ちているのです。落ちたということは、あとは上るしかないということです。
がんばれわたし。
「それは違うよ」
ともかくだされた言葉に全て理由をつけて反論してみました。
この時点ですでに午前0時を回っています。
彼は次に、こういいました。
「でも、そらちゃんは僕といると迷惑・・・」
んなはずがないだろうが。
しかし、その言葉は飲み込んで
「わたしは、あなたがいないときっと毎日色あせてると思う。だいたい普通の人って誰よ!それこそ会ってもおはようくらいしかいわへんの?わたしは嫌だ、そんなの絶対嫌」
いったいあのマイナス思考のわたしのどこに、こんな思考が存在したのか理解に苦しむところですが、なんだか勢いがつきすぎてプラスを超えてわがままという淵に入ってしまったようです。
でも、思いました。
これがほんとうのわがままなんだな・・・と。

そのあと1時を超えて、さすがにわたしも眠たくなったし彼にしても、もともとそんなに夜更かしが好きなほうではないようなので、おやすみといって眠ってしまいました。
もともとの問題は、わたしが疑い始めたからだというのに、なんだかよくわからない解決の仕方でしたが、こんな風に言い合ったのは初めてのような気がして、あぁまぁいい経験になったかな、と思いました。
彼がこの先わたしのそばからいなくなったとしても、わたしはもう一度は彼を失くしているのだから、たいしたことじゃないような気がします。
そう思えるようになったことだけでも自分としては大きな進歩でした。

それにしても・・・はじめて知りました。
他人を、心から素直に信じることって、それだけでこんなに心が楽になるだなんて。
すこしだけ、ほんとうにすこしだけ強くなれたような気がしました。
これからもこうして、肩の力を抜いて生きていけるなんて・・・。
見上げた空は、今日もよく澄んでいます。
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by symphonic-bone | 2005-11-02 14:30 | 友達とのこと