日々思ったことや感じたことをのんびり書いていこうと思います。


by symphonic-bone
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演奏会 その2

はい。それで、その2が出てきたわけですが。
こっちは、誰かに感謝して優しい気持ちで終われるようなものでもなく・・・どこぞの誰かさんとのけんかの話題です。
話題・・・?
なんかそんな感じです。

もちろん相手はあの彼、地図君なんですが、そのけんかの原因が件の演奏会なのでタイトルを演奏会とさせていただきました。
演奏会でけんかする・・・。
しかも、彼は客としてきていて、わたしは奏者として舞台上にいたのに、何をけんかするんだって・・・
するんですね。
不思議なもので、きっとここまで人間波長が合わないと、どうしようもなくなるんですよね。
理由は、わたしにもよくわかりません。

演奏会その1で、わたしはロビーでお客様の相手をする係についていたと書きましたが、彼とは会いませんでした。多分、わたしが序曲に出るから早々とロビーから退散したあとにやってきたのでしょう。
帰りもどたばたしていて、会うことはできませんでした。
しかしわたしが帰ろうと思って全部用意してホールを出てから、彼からメールが来ていることに気づきました。
そしてちょっとだけ期待して内容を見ると・・・
「ほんと学指揮かっこよかったね、ファンになろうかな」
・・・だけ?
そう、だけです。

何であいつを褒めるんだ、いや、それはいいとしてそれをなぜわたしに言う!?
と思って理解ができなくなり、疲れていたのも相成って
「それなら彼に言ってあげたら喜ぶよ。メールしてあげたら?」
と突き放すと、メールは返ってきませんでした。
わたしはうーんと考えて、その翌日、
「最悪やったねとでもいいから、トロンボーンのこと聞きたかったなぁ。だって、地図君がしてることって、例えばトランペットのミサキちゃんに”ホルンのソロ、ほんとによかったよね、感動したよ”って言うのと同じようなことじゃない?」
と、正直に言ってみました。わたし自身は何の気もなくて、ただナブッコのコラールは、というつもりでトロンボーンは、とたずねたのですが・・・彼には伝わらなかったようでした。

でも、普通だったらそういわれたら、
「あ、トロンボーンね。そういえば序曲のはじめに4人で吹いてたっけ」
とかなりそうなものだし、実際わたし自身もそういうコメントを求めて言ったに過ぎなかったのですが、なんとまぁ彼に怒られてしまいました。
いえ・・・けんかを売られました。絶対そう。

「ソロがあったわけでもないのに、僕はそらちゃんの音なんてききわけられないよ!僕は交響楽団の演奏会に行ったのであって、そらちゃんの音を聴きに行ったわけではないしそれにこんなことは言いたくないけどそらちゃんは誰かの評価を求めるためだけに、演奏していたの?」
違うし・・・。
多少はどんな場合においても、他人の評価はつき物です。
でも、わたしはそんなつもりで彼に意見を求めたわけじゃない。
なんで、わかってくれないの・・・。

「あぁそう、ならもういいよ。本当にうちの演奏会に来たの?もし来てたのならトロンボーンのコラール、聴いてるよね?そんなに学指揮に気をとられてて、聴いてなかったわけ?地図君、何が言いたいのかわからない。それにもう会う約束なんていいわ、わざわざ時間を空けていただくのも申し訳ないし。今までありがとう」
・・・なぜかいつもこうなるわけで。
かっとなったら何を言うかわからないわたしの存在が何より恐ろしいと思い知った瞬間でした。

でも、1日ずっと考えてみて、彼がそう取ったのもわからないでもないかなと思いました。
とはいえ、そうやって言葉を受け取るほうが難しいほどです。ということは、もしかして彼はわたしのことが嫌で顔も見たくなくて、だからあんなふうに些細なことにいちゃもんををつけて、わたしが自分から
「もう会いたくない!」
って言うように仕向けたのではないか、そんな風に思います。いえ、そうとしか思えない。
それが彼の思いやりなのか、なんだか違うとは思うのですが、もしそうなのだとしたら・・・黙って受け取るに越したことはないですね。もう仲直り云々は言わずに。
でも・・・すごくこころが痛くて、どうしようもありません。
地図君、わたしはただ・・・学指揮のことをわざわざわたしの前で褒めて欲しくなかっただけだよ。
醜い嫉妬のなすものがこんなものなら、もうわたしは何も考えずにただまっとうにいきたいと願うまでです。

本当にいろいろ疲れてしまって、生きるのって難しいなと思います・・・。
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by symphonic-bone | 2006-05-31 15:39 | 友達とのこと

演奏会 その1

5月も末です。そらです。
ちなみに、上のタイトルは間違って1がついたわけではなく、わざとです。
ということは、2もあります。しょうもない話なんですが、2のほうは・・・。

さて、先日わたしの所属する交響楽団で演奏会がありました。定期演奏会というやつです。
わたしは恐れ多くも2つの曲に挑戦することになっていました。
序曲、サブ。
本当に長い戦いでした。

昨年の12月から曲を聴き始め、そして今回本番を迎えたわけですが、その間にいったい何度楽譜を床に投げつけて、やめます!と言おうとしたことでしょうか。
きぃーっとなると見境がつかなくなるので、周りの人もどれだけわたしの扱いに手を焼いたことでしょう。
それでもわたしを見捨てずにきてくださって、本当にありがとうございました。

本番の会場までのアクセスには、わたしの苦手な地下鉄を利用しました。
・・・はい。地下鉄は苦手です。
こんぺいとうの踊りという曲、子どもの喚き泣く声、地下鉄、タバコ、押し売り。
人生で最も苦手とする五大要素です。
しかし、早いのは確かなので、クラちゃんがせっかく一緒に行こうと誘ってくれたからというのもあり、地下鉄に乗りました。

その道中も、なんだかまだ本番だという気がしないという話をしていました。
「今日は、大きなホールを借りてのホール練だよね」
彼女の問いに、わたしも笑ってうなずきます。
ほんとうに、なんだか本番がやってくるという気がしませんでした。
それがいいことなのか悪いことなのかはさておき・・・。

わたしはロビーに出てお客さんの相手をする係(というか、ひたすら笑顔を崩さない係です)だったので、開場してしばらくも笑顔のまま頭を下げていました。
わたしは序曲に出るので、途中で抜けて楽屋に戻ります。
そこで演奏会用の衣装に着替えて・・・そこでやっと、今から本番だという恐怖とともに、わくわくといった感情が芽生えました。
そうだ、今日・・・今までの練習の集大成を、たくさんの人に聴いてもらえるんだ・・・。

自分で言うと馬鹿みたいですが、でも本当に自分なりにがんばってやってきたつもりでした。
家に帰って、何度泣いたことやら。
原因はまぁ。毎回が練習のことじゃなかったにしてもです。
20歳を過ぎてもこんなに泣いてばかりの日々だとは、今後のわたしの人生が思いやられます。
思い出すのは、合宿先の雪景色。
ドボルジャーク、チェロ協奏曲の1楽章の真ん中あたりのメロディーは、まさに雪がしんしんと降る景色にマッチしています(多分わかってくださる方、いらっしゃいますよね)。
あぁほんとうに、長い道のりだったなぁ・・・。


演奏自体の感想は、ここでは控えておきます。
ただわたし自身は、自分がお客様に伝えたかったことの8割くらいは出すことができたのではないか、なんて思います。思いたいです。
もちろん、悔しい思いをした箇所もたくさんありますが、それでもわたし自身はとても満足しました。
 あのナブッコのコラールのAdur。
Adurって、あんなに暖かくていい響きなんだと気づかされました。
 ドボコンの、迫力あるトロンボーンの音。
練習部屋ではいくら一緒に練習していても、音はこもってしまいます。
ホールで隣の音を聴き、わたし自身も吹いたときの快感といったら。
血液が、身体の隅々にまでいきわたって、本当に気持ちよかった。
これぞ、音楽の真髄。

残念ながら、メインであったドボ8を聴くことはかなわなかったのですが、出来がどうであれわたしは今までドボ8を吹く彼らがどれだけ一生懸命に練習してきていたかを知っています。
それは、何よりもすばらしいことです。
みんなで1つの音楽を創り上げることができた・・・。
それは、何よりも幸せなことです。
わたしも「みんな」のひとりとして一緒に音楽を創れて、ほんとうによかったと心から感謝します。
ありがとうございました。
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by symphonic-bone | 2006-05-30 15:09 | 練習のこと

年をとるということ

つい先日、ついに1つ年をとる羽目になりました。
つまりは誕生日が来たというわけで、それは仕方ないことなんですが。
昔は誕生日がすごくすごくうれしかったのに、今回は珍しく気づいたらその日が来ていたという感じです。
つまりやっぱり、そういう感慨がなくなった分年食ったよなぁ・・・。
そんなふうに、思います。

誕生日だから何か特別なことがあったわけでなく、何か特別なことをしたでもなく1日は過ぎていきました。
その間に高校のときの友達がメールをくれて、偶然お昼休みに練習に来ていた友達におめでとうと言ってもらい、あと花先輩も誕生日を祝ってくださって、それなりにいい日だと思ったりもしたのですが、わたしは17時50分まで授業の後18時からtuttiだということで、かなりあせって1日を過ごしました。
走ってホールに行って吹いて、早退される先輩の代吹きもしたら、終わったらすでに20時半。
あっという間の何時間かでした。
すでに誕生日だという意識もなく、先輩に言われるままに残って後片付けをして、さっさと家に帰ろうと思いました。
ところがです。

階段を下りると先輩が手持ち無沙汰に立っていて、なんだなんだという間にまどちゃんも3人で部屋に戻りました。
部屋を開けると真っ暗で、まさかと思うまもなく有名な誕生日を祝う曲のメロディーが聴こえてきます。
わたしは立ち尽くし、目を見張りました。
わたしの年の数だけろうそくの立てられたケーキ。
言葉もありません。

わたしは最近、ずっと考えていました。
生きていていいのだろうか・・・。
誕生日というのは、その人の生まれた日を祝うことです。その人が生まれたことを祝うものです。
なんでわたしが生まれたことを祝ってもらえるんだ。
そんな風に、その日1日もずっと思っていました。
誰もそんなこと思っていない。
いなければいいとみんな思っている・・・。
そんな風にひねた考えをしていたのに、ろうそくを立てられたケーキと、息のあった演奏と、それから「おめでとう」という言葉で、はっとわれに返りました。
あぁわたしは、ここにいてもいいのか・・・。

いろいろ考えさせられる誕生日でしたが、今までのどの誕生日よりも心に残りました。
わたしは思ったより大事にしてもらっていて、自分で考えている以上に幸せなのかもしれない。
そんなことも、思いました。
それはわたしにとって、何よりの贈り物です。
まどちゃん、理系君、チューバ君。先輩、それに後輩たち。
ほんとうにありがとうございました。

帰り際にクラちゃんからプレゼントと手紙をもらいました。
手紙の最後には、こう書かれていました。
「大好きだよ」
ありきたりな言葉かもしれない。でもちょっと飾った言葉も、気障ったらしい言葉もこの言葉にかなうものはないなと思いました。
真っ直ぐ、心に響く。
彼女にそんなことをいってもらう価値のある人間かどうかわからないけど、素直にうれしいと思いました。
この1年間、自分に素直に生きて生きたいです。
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by symphonic-bone | 2006-05-24 09:14 | 生きること

さよならの持つ意味

最近なんだか異常に疲れています。
単純な疲れじゃなく、なんていうか・・・なんていったらいいんでしょうね。
わたしもなんだかんだで現代人だなぁ、疲れた疲れたばっかり言って。
ーなんて考えていられるくらいだから、今はまだ余裕があるみたいですね。

いろいろ考えることはあります。演奏会の前日の金曜日にゼミでプレゼンがあることとか、同じく金曜日はゼミの飲み会なのに行けないとか、その翌日の土曜日が本番だとか、それが終わったらしばらくの間さようならを告げなければならないとか。
そう、さようなら。
あんまり好きな言葉じゃないんですよね。だから大学に入って、練習後は「さようなら」じゃなくて「お疲れ様です」って言えばいいからほっとしてたのに。

たとえばわたしは、いつどこで歯車が狂ったのかわからないのですが、性格そのものに問題があります。
だから、地図君と約束して週に1回会うことになっても、いつの間にか「会いたい」が「会いたくない」に変わります。
ちょっと意味が不明な感じですね。
・・・わたしは、嫌なんです。
最後に別れるときが、つらいんです。
たとえその日は1時間半楽しく話してて、でも時間がきたら
「じゃあね、ばいばい」
です。そりゃ、仕方ないんですよ。1日中一緒にいられるほどの余裕もなければ、家族でもないんだから帰るべき家は違うわけで。
1日が24時間より長かったら、そんな事もなかったのかもしれませんが。
向こうに無理を言わせたくないから、
「また来週会おうね」
は言えません。かといって、同じサークルにいた頃のように
「また明日ね!」
も気軽に言えません。黙って見送るだけ。
彼がいつか気づいてくれたらいいのにと思います。
悲しそうだなって。

わたしには昔、よくありがちな「いじめを苦に自殺」を目論んでいた中学生の頃がありました。
どうやって生きてきたと思いますか?
「また明日」
と声をかけられて、その言葉を頼りに生きていたんですよ。
何人かがこれを読んでくださって、「えっ」と思われるでしょうね。
でも、毎日を必死でこなしていたわたしにとって、そのころは「明日」なんてこないものだった。
むしろ、来てほしくなかったんです。
「明日」になったら、また学校がある。行かなくちゃ。でもいきたくない。「今日」は何とかやり過ごしたけど、でも・・・。

そんな心を敏感に見抜いたのは、もう退職されましたがその当時わたしの中学校で吹奏楽部の顧問をしていた先生です。
先生は毎日わたしに言いました。
「また明日、練習で」
最初はぶっちゃけうっとうしいとさえ思いました。仕方ないですよね、反抗期の中学生ですから。
でもいつのころからか、わたし自身から先生に向かって
「先生、また明日!」
と言えるまでになっていました。もちろん、簡単にではありません。うざったい時期や無気力な時期や、その他もろもろの時期を越えて、先生に笑顔を返せるようになったわけです。
わたしの青春の大半は真っ暗だから、そう考えたらこの思い出って比較的明るいものなんです。

さよならって言ったら、なんかもう会えないような気がするんですよね。
だからできるだけ使いたくない。
でも今度どうしても言うときは、せめて、そのさよならにありがとうの気持ちを込めて言えたらいいのにと思います。
いくら腹が立つことがあっても、内心嫌われていても、心の中では罵倒しあっていても、でもわたしがいままでいたあの場所は、「家」だったと信じています。
暖かい「家」。
変な「家族」たち。
また会える「さよなら」を言えたらいいなぁ・・・。
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by symphonic-bone | 2006-05-17 16:13 | 生きること

社会勉強とは

突然ですが、わたしは4月の頭で某100円ショップ素材発信館を辞めていました。
・・・え?
たいした理由もありません。ただ、「バイト」を強制する会社が気に食わなかったのです。
平日に3回、日曜日は1日中、さらに祝日まで、「入れ」とおっしゃいます。
おかしくないですか?それともそう思うのはわたしだけだったのでしょうか。
ともかく、平日に3回もバイトに行っていると、平日に2回は練習があるわけで、勉強する暇もないからということで、すとんと辞めました。
でも、そうしたらわたしの中からなにかがすとんと抜け落ちました。

新しいバイトをしていました。京都駅の地下にあるポルタの中の、お寿司屋さんです。
立地も悪くないし、わたしにやり方を教えてくれる先輩も、とても優しかった。
・・・でも、何か違う。
素材発信館ですべてを学んだときは、
「あぁ、先輩は優しい」
と思ったことは1度もありません。
「こら!ほんまにおまえは・・・」
という風にして、育てられました。
辞める前はその言葉に裏返しの愛情まで感じるほどだったのに、でもわたしは何もかもを捨てて、そこからいなくなることを選んだのです。

わたしが辞める少し前に、同じ大学の3回生に編入してくるという人が入ってきました。
彼とはそんなに長くの付き合いでもなかったのに、どういうわけかメールでやり取りをするほどの仲にまでなっていました。
彼は、わたしが辞めることを知って心から悲しんでくれているようでした。
・・・と書くと、また聞こえがいいのですが実際は、
「ほんと残念です」
と、怒られました。
同じ大学だからこそ、祝日に学校があるというのも同じだし、忙しいのも同じだ。
彼にはいろいろぐさぐさ言われました。
それでも、わたしは去ることにしたのです。

お寿司屋さんのバイトは、それなりに順調でした。
残ったお寿司はいただいて帰ることもできたし、もともとその店のいなり寿司が大好物だったので、わたしとしては願ってもないことでした。
でも・・・でも、何か違う。

本当は辞めたくなかった・・・。
これは本心です。
人間関係にも恵まれていたし、何せほとんどの商品が100円ですから、やりやすかったのもあります。
でもそれ以前に、楽しかった。
いくら何といわれようと、楽しかったんです。
変な客もいっぱいいたし、ありがとうも言わない三下もいました。
でも、本当に楽しかった。
辞めたくなんか、ない・・・。



なので、もう一度出戻りすることにしました。
幸い、退職者としてまだ総務部に何も送っていなかったので、わたしは単に休職していただけの状態だったのです。
さらに、店長に話すと
「え?別に平日3回とか入らんでもいいよ」
「・・・。」

結局この1ヶ月はなんだったんだという感じですが、これはこれでいい社会勉強でした。
もう大学を出るまで、辞めない。
罵倒されてののしられても、続けようと思います。
あんまりうれしくないのですが、罵倒されることは快感です。
あぁ、これほどまでにわたしのことを見ていてくれたんだな、と思うと。
ちょっとぼんやりしていただけで、やいやいうるさいですから。
自分に負けずに、頑張ります。
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by symphonic-bone | 2006-05-01 10:40 | バイトのこと