日々思ったことや感じたことをのんびり書いていこうと思います。


by symphonic-bone
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<   2006年 06月 ( 4 )   > この月の画像一覧

時間よ、とまれ

こんにちは、そらです。

最近練習にも行かずに何をしているかというと、勉強したり本を読んだりしています。
わたしは今病院に通っています。そこでもらう薬を飲むととりあえず思考力が麻痺するので、非常にふらふらしながら家まで帰るのです。
この間近鉄のホームでよろけて落ちそうになりました。知らない人がぐいっと引っ張ってくれたので結果的に落ちはしなかったのですが、わたしはその人にろくにお礼すら言えませんでした。
生きている実感がなかったからです。

あるホームページの紹介に
「地球上のあらゆる生物の中で自殺という行為は人間にだけに許された行為、私は否定ではなく肯定します。でも、自殺は時間を止める行為。だから、私は苦しいまま時を止めたくはない」
という紹介がかかれてあって、なるほど、と思いました。
確かに犬でも猫でも、いくらどん底の生活をしていても死のうとは決して思わないでしょう。
わざと車の前に飛び出す野良猫は、いないだろうと思います。
不思議だな・・・。

死ぬということはどうであれ、確かに時間を止める行為です。
わたしはとりあえず、集めている漫画が完結するまでは生きていたいと思っています。
わたしは未来を考えることができません。
今日を生きるだけでいっぱいなのです。
先日、クラちゃんとしゃべっていて将来の話をしていました。
「結婚したい?」
というわたしの問いに、彼女はうんとうなずくと
「そらもそうでしょ?」
それが実は、違うんだな。
また別の日に友人と飲みに行ったときにもこの話になって、でもそのときはわたしの将来の展望を聞いてもらいました。
庭のある一戸建てに、犬でも飼ってのんびり暮らす。
あまりにも大雑把な未来ですが、わたしが考えるのはこのくらいです。

苦しいまま時間をとめたくない・・・。
そうですね、わたしも楽しいときにそのまま時間が止まってしまえばいいのにとよく思っていました。
でも、わたしにとって楽しいときというのは、苦痛のときでもあります。
いつかすべて、消えてしまうのに。
楽しければ楽しいだけ、あとで切なくなったり苦しくなったりするのに。
そういう循環で生きているので、結局いつも苦しい時間です。
そんなはずがないのに。
どうせわたしを、見捨てるくせに・・・。
でもいつか、そんなこともあるんだ、楽しくていいんだと思えればいいのにと考える毎日です。
今時間とめたい!と思えるような日々を送りたいですね・・・。
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by symphonic-bone | 2006-06-28 12:28 | 生きること

京都府民の日

題名にそぐわず、まずはじめにここにも何度か書いていますが測量実習の話です。
測量実習は個人個人の技術ではなく、班ごとによって評価されます。
各班6人、それが5つあります。
わたしの班は、それはそれはユニークな人間の集まりです。

班の編成は前もって決められています。
わたしの班にはきゃぴきゃぴした女の子と、三十路を迎える8回生と、以前地図君と区別がつかないんだと書いた眼鏡君、それからせいたかのっぽがひとり、あとはいまどきの若者、それからわたしの6人です。
わたしたちは同じ専攻でありながら別々のゼミ、別々の出身地で構成されています。
最初こそこんなに合わない班もなかろうと思ったのですが、意外や意外。
これで結構なかなかの結束力です。

先日まで8回生のお兄さんは教育実習に行っていました。
わたしがからかって
「いくつ年違う子ども達やったんですかぁ?」
と聞くと、
「ええい、うるさい。知ってるくせに」
といいながらも開き直って
「俺が卒業したときに生まれたやつらに基本的人権(公民)を教えてきたんだよ!」
なんだか時間の流れってやつを感じました。

もともと寡黙なのっぽ君は意外と大阪人で、わたしと彼だけが関西弁で話します。
あとは千葉に埼玉、愛知に茨城といったメンツです。
先日の測量実習は雨が降ったので室内で計算をやりました。
休み時間のことです。
きゃぴちゃんは眠すぎるといって机に突っ伏してしまい、若者は外に出て行くしわたしは何もすることがないので、のっぽ君と関数電卓という、サインやコサインの計算もできる優れものの電卓をいじっていました。
お兄さんと眼鏡君は教育実習の話をしていて、わたしたちもそのうち耳を傾けていました。
「・・・でさぁ、県民の日で生徒はいないのに、実習生だけは学校に来させられてさぁ」
県民の日?
すると眼鏡君が
「あれ、でもうちの親は茨城で教師してますけど、県民の日は休みですよ」
「え、ずるいなぁ。でも千葉はあるんだよね」
ちょっと待った。
県民の日って何?

わたしがあまりに気の抜けた顔をしていたせいか、
「どうしたの」
という眼鏡君。
「県民の日って何?」
するとお兄さんが
「千葉は6月15日でさ、その日は千葉県民、ディズニーランドに安く入れるんだよ。だから、15日にディズニーにいったら、千葉県民だらけ」
へえぇと納得したわたしに
「あれ、京都府民の日はないの?」
眼鏡君に聞かれて考えてはみたものの、全く思い当たる節がない。
「・・・なぁ、大阪府民の日ってある?」
「いや、ないない」
「そっか、関東だけなんだ」
そうなのかな・・・。
「いいよな」
「ずるいよなぁ」
わたしとのっぽ君はそんな話をしつつ、こういうのも面白いなと思ったりしたのでした。
違うからこそ、わかること。
測量実習の時間は、そんなものがあふれています。

翌日、地図君と話していると(とりあえず冷戦は終結しました・・・なんとなく)、彼も京都府民の日は知らないようでした。
「京都市民の日やったら、市役所のところでお祭りみたいなことやってるあれやと思うんやけどね」
「ま、わたしは京都市民じゃないから」
同じ京都府民やけどね、地図君。
まぁそんなこと、わかりきったことなのでもう言うのはよしました。

調べてみると、なんと京都府民の日は「毎月23日」だそうです。
ま、毎月府民の日・・・。
なんてこったという気持ちになりました。
京都を愛する京都府民。
そっか、1年に1度きりじゃ足りひんのやね。
わたしの誕生日も、京都府民の日(の一部)。
これで他人に説明するときに説明しやすくなりました。

わたしが京都からよそへ出たら京都府民じゃなくなるけどでも、どこへ行ってもそういう日があるっていうのは、いいことだなって素直に思いました。
都民の日、道民の日、府民の日、県民の日。
みんなみんな、大切にしたいですね。
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by symphonic-bone | 2006-06-23 20:06 | 授業のこと

のんびり流れる時間

こんにちは、そらです。
前回あんな事を書いて、さぞかし読まれた方は驚かれたことでしょうが・・・いや、あまり楽しい話でもなく、気分を害されたかもしれませんがわたしはそれなりに生きています。
はいもう、生きる屍のようになって生きています。
でも楽しいと思ったときには笑えるし、その感情はまだ見失っていないようです。

わたしの周りの時間の流れは、ひどくゆっくりです。
この間旧約聖書を読んだのですが、昔の人は長生きなんですね。
アダムとイブは900年くらい生きたそうです。そしてそれが当たり前という世の中。
そのころに比べたら、たかが20年そこそこのわたしの人生はまだ始まったばっかりなわけですね。
昔の時間の流れと同じくらい、わたしの周りも今、とてもゆっくりな気がしています。

最近、いろいろ自分にとって変わったことがあって、何も考えることができません。
悲しくなるような事を考えないかわりに、楽しくなるようなことも考えられないのです。
友達がわたしの誕生日にとくれたアロマポット(なのかな。違ったらごめん)に蝋燭をいれ、火をつけてアロマオイルをかけ、部屋を暗くして炎をぼんやり見つめます。
至福の時間。
時間は、ゆっくりゆっくり過ぎていきます。

地図君がずっと昔(といってもせいぜい2週間ちょっと前のことですが)に、何もかもを心配するわたしに
「心配しないくらいなら、心配ばっかりしながら生きるほうがいいよ」
と言ってくれたことがあります。
・・・うそばっかり。
わたしが心配しすぎてわたしたちの人間関係が崩壊したのに、よくもそんなことが言えたもんだ。ばからしい。
そんな事を考えて悲しくなって、それでも彼はどこかで元気で、誰かと幸せな時間を過ごしているだろうから、わたしがかかわるのは止そう、そもそもわたしと一緒にいることは間違っていたのだからと・・・思うのですが、それはあくまでタテマエです。
じゃあわたしは?
わたしは幸せになったらあかんかったん?
考えたくもない。
でも、わたしの醜いホンネです。
カウンセラーの先生に話すと、彼女はじっと考え込んで、しばらく後わたしの目を見てこういいました。
「あなたと一緒にいることは、その相手にとっても幸せな時間だったんだよ」
・・・うそばっかり。
みんなみんな、うそばっかりだ・・・。
しかし、先生の真っ直ぐな視線を直視できずにうつむきました。
もし本当にその通りだったのなら、わたしは・・・。


ゆっくりゆっくり時間は過ぎてゆきます。
その流れにのんびりつかってみようかと、そんな風に思いました。
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by symphonic-bone | 2006-06-13 15:41 | のんびりしたこと

病気のこと

なんか、いったい何度言っているのかわからないのですが、やっぱり疲れています。
そろそろ本当のことを言うべきじゃないかと思いました。日常生活での差し支えが出てきたからです。
聞いてください。
わたしは、病気です。


境界性人格障害(Borderline Personality Disorder)。正式名称は境界性パーソナリティ障害と言うらしいですが、普及している呼び名は前者でしょう。
人格障害というのは差別用語に当たるそうです。
BPDと略して言います。
といってもほとんどの人は耳にしたことがない病気だと思います。
今までブログに書いてきたようなことばかりのわたしの性格。
だから・・・そうですね、今までのことを考えると納得のいく診断でした。

ずっとずっとひた隠しにして生きていけたらいいのにと思っていました。
まぁ治療とか受けている時点でひた隠しは無理なんですけど。
自分は普通じゃないのかもしれない、でもみんなと一緒に並んで歩きたい。
そんな風に、思ってきました。でも、もう遅い。
最近こころの安定を保つことが出来ないからです。

それでもいままで黙っていたのは、何だかんだいって毎日をこなしていたからです。
余計なことを言うこともないかと。
BPDの特徴は、素直に相手の批判を聞けずに怒り、他人を疑い、信じることが出来ない。いつも見捨てられる不安が付きまとい、人間関係をうまく形成することが出来ない・・・。
最近、この症状が顕著です。どうしようもない。
ただ救いだったのは、自分がBPDだと知っているということです。もし何も知らないまま、これが自分の個性だ性格だと思っていたら、今以上に自己嫌悪に陥って苦しんでいたでしょう。

普段は冷静に生きています。だからこんなことも書ける。
でも何時間刻みでわたしの感情はいつもゆらゆらと揺れ動いているので、もしかしたら1時間後にはうつむいて外を歩いているかもしれません。
普段から顔はそんなに上げて歩かないので、よく落ちているお金を発見しますよ。
ラッキーというかなんと言うか。

わたしといたら、みんな不幸せになるんです。
わたしのパートの人たちにしろ、クラちゃんにしろ地図君にしろ・・・そう、地図君にはBPDのことを詳しく話すことは出来ませんでした。だから、彼はわたしが疑って疑って生きていることを知りません。
もちろん、これまでは「疑う」というのはみんな当たり前にしていることだと思っていました。
カウンセラーの先生に遠慮がちに言われるまで。
それで、先日
「僕はいつまでそらちゃんに疑い続けられなくちゃならないの!?」
と言われ、それっきりです。
すべてがすべて、病気のせいではないにしろ・・・かっとなってものを言ってしまうこと、信じないではなく信じられないのだということ・・・彼に理解してもらうべきでした。
そういわれたときに、やっぱり日常生活で差し支えが出てきたなと気づいたのです。
彼だけに限らず、誰に対してもわたしはそうなのだ、と・・・。
言われてから気づく。
言われる前に気づきたかったですが、仕方ありません。
地図君も、わたしといたら不幸せになるばっかりだから。
わたしに出来ることは、彼の幸せをただ祈るだけです。

誰にも会いたくない、何もしたくない。
不機嫌な態度をとってしまう。
ごめんなさい、先輩たち。まどちゃん、理系君、チューバ君。
早く気づいたらよかった。
すべての元凶は私だったのに。
みんな、わたしなんかに本当に優しくしてくれて、些細なことが幸せだったよ。
長い間、あいがとう・・・

うつる病気ではないにしろ、わたしと一緒にいて楽しいと思うことは少ないでしょう。
だから、わたしのことなんて忘れてもらってもいいんですが・・・でも。
次にもし会うことがあればそのときは・・・何も知らない振りをして、わたしに接してください。
疲れたと言わないように、少しでもよくなっていたいと思います。

最近、何も出来ないときは本当に何も出来ません。
ぼんやり外を歩いて、頭の中も空っぽにしています。
授業にも出れない。
素材発信館でもろくすっぽ接客が出来ない。
ほんと、最悪です。
とはいえ何もしないということも、時と場合によっちゃ必要なことです。


今日は、せめて今日1日くらいは今のままのこころのバランスが保てていられればいいのに・・・。
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by symphonic-bone | 2006-06-05 14:32 | 生きること